おまけと今日の閉店ガラガラの前に。
まずは、丙申堂のオマケなんだけど。
↑石置屋根。(ガイドの方に「どうぞ撮っても良いですよ」ということで撮りました)
丙申堂の屋根は板葺きの上に石を置いて、板が風で飛ばないようにした屋根で毎年一回、石を洗い、板も汚れを落として天日干しして屋根を作っていくそうである。
さて・・・、今日の閉店ガラガラの前にだけど。
↑庄内藩校、致道館の入り口。
致道館は、酒井家9代目忠徳(ただあり)が藩政を良くするために1805年に作った学校である。
最初は鶴岡駅前にあったが、1816年に鶴ヶ岡城の近くに移された。
↑聖廟(せいびょう)、奥には孔子の像がある。
聖廟では、毎年2月と8月に孔子を祀る行事が行われたという。
↑講堂。
始業式は講堂で行われ、その他にも藩の役人が集まっての打ち合わせが行われたという。
ちなみに致道館の教育の方針は、「天性重視」、「個性伸長」・「自学自習」、「会業の重視」である。
じっくり感じてみると詰め込み教育ではなく、持って生まれた一人一人の才能を自分自身で対話をしながら磨くという教育方針だったのをふとよぎったのである。
その他にも
↑西御門。
↑東御門。
教職員や藩役人が出入りした西御門や生徒が出入りした東御門を見ることができた。
という訳で午後から弾丸ツアーのように鶴岡を周り、江戸から明治にかけての鶴岡の躍動ぶりに目を見張るものがあり、祖先が造り上げたものがあるから今があると改めて感じさせられた令和最初の日の午後でした。