いっちゃんのリュックサックを背負って

このブログは私が日本全国をリュックサックを背負って、見たこと、感じたことをありのままに書いています。どんな旅をしているか楽しみながら読んでください!

京福バスとえち鉄で福井直感旅〜パートⅤ

三国港駅前のバス停を出発した京福バス日本海を眺めながら、坂を上がっていく。旅館やホテルから東尋坊に近づくにつれて松林が増え、別荘地に造られた土地を進んでいく。

 

バブル期に造られたのだろうが、別荘も点々と見かけることが出来た。

 

そして、

「ピンポンパンポーン、次は東尋坊東尋坊です。お降りの方は降車ボタンでお知らせください」

とアナウンスが流れるともうすぐ東尋坊である。

 

東尋坊のバス停は、お土産屋さんの目の前にあった。

帰りのダイヤを確認すると、三国港駅方面は、午後4時半まで30分間隔での運行なので、時間にはまだまだ余裕がある。

 

お店屋さんが軒を連ねる石畳を歩くこと約5分。

いよいよ東尋坊に到着した。

 


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立春東尋坊

遠くから見えるのは雄島で、周囲2キロの越前海岸で一番大きい島で、昔から「神の島」といわれている。

私が立っているところから日本海までの高さは、ビルの8階から9階分(約25m)の高さがある。

観光遊覧船も走っていて、良いお天気だけあってたくさんの人が列が出来ていた。

 

一歩下に降りて座り、目を閉じて瞑想を試みた。

何が出てくるのかな。

優しい太陽の光の暖かさと日本海のサー、サーと言った優しい音。(私は、冬の時期だけにザバーン、ザバーンとの荒海かと思っていた)

ここでノートに書いていたのをそのまま上げると、

・心が浄化される。

・崖の形も芸術品。

・地球の贈り物。

・時間の許す限り見ていきたい。

東尋坊を見るだけで人間は変わるんだな。

と残していた。そして、体幹チューニングの腹圧調整にも挑戦して気分も軽くなった。

 

ここで、気になったのは自殺のスポットってどこなんだろうか。と思って、西側に向かうことにした。2、3分歩いて、言われているらしいスポットを見つけた。

近くを見渡すと、電話ボックスがあり、中を覗くと聖書と自殺を防ぐためのメッセージの張り紙、警察からのお知らせ、更にタバコや10円玉があった。

 

実際にたたずんで見る。

いるにつれ、何か寂しさとかネガティブさが込み上げてくる。

そして、太陽もあんまり入ってこないし、妙な寒気がした。

私は、あんまり長くいるとちょっとマズいなぁと感じて撤収することにした。

 

そして、再び明るい東尋坊に戻ったのであった。少しお茶を飲んでリラックスして元来た道を帰ることに、約1時間、東尋坊を見て回って日本海の荒波が作った芸術は偉大で、イメージしたのと変わったなぁと感じながら、バスを待つことにした。

 

東尋坊からは「三国港駅経由三国駅行き」と「雄島、松島水族館経由芦原温泉行き」に分かれていた。

 

次のバスは後者の後にやってきた。後ろから整理券を持ってそそくさと乗車し、元の道を帰っていった。

 

そして、午後4時3分、三国港駅前に到着。

慌てて、午後4時9分発の福井行きに乗り込んだ。

ここでタブレットを取り出して、えち鉄の時刻表とにらめっこすると、鷲塚針原駅には、午後4時39分に到着して、フェニックス田原町ライン(次のパートⅥで触れますが)、越前武生行きが午後4時49分ってことは、やった乗ることが出来るじゃん、ラッキー!

 

私はぐったりから一転、テンションが回復した状態で鷲塚針原駅に向かうのであった。

 

次回、パートⅥに続く・・・・・。

 

 

 

 

京福バスとえち鉄で福井直感旅~パートⅣ

バス停に向かうと下の写真のバスが停車していた。

 
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永平寺口駅に向かう京福のSYOINGバス

京福バスは、福井県出身の書家さんが書かれた一文字がラッピングされたバスが走っている。

私が初めて名古屋で見た時は、インパクトがあった。字をじっくり見ると字そのものに力強さを感じさせるものがある。また、車体の後ろには福井県の地形に、「福」が描かれていて、地形の広い部分に大きい「井」が描かれ、「井」の四角の隙間にも「福」が入っている。

ちなみに高速バスでは、

東京(バスタ新宿、東京駅)行きには黄色い車体に「夢」が、名古屋(名古屋駅名鉄バスセンター)行きには黄緑色に「光」が、京都・大阪(阪急三番街)行きにはピンクに「愛」がそれぞれ描かれている。

私は、おもむろにバスに乗り、永平寺口駅へ向かって戻来た道を戻っていった。一緒に乗ってきた夫婦と思われる方が子供さんの受験話や親戚の話をされているのを聞きながら、

永平寺に行ったことでスッキリと悩みが解決出来ますように」

と思わずにはいられなかった。

 

帰りも約15分ほどで、永平寺口駅前に到着。

永平寺口駅発、午後1時20分発の福井行きに乗って、三国芦原線の分岐点、福井口駅に向かった。この日、立春だったが、本当に暖かくて、私も福井口に向かう途中、ポカポカ陽気で居眠りをしてしまうほどだった。

 

20分ほどで福井口駅に到着。電車から降りた時、ちょうどJR北陸本線の高架に特急サンダーバードが通過していくのを見ることが出来た。 

そして、ホームで待つこと約3分ほどして、1番のりばに午後1時43分発の三国港行きが到着。車内は結構乗っていて、しばらくずっと立っていた。

 

電車はしばらく北へ走り、左へカーブして福井市内の昔ながらの住宅地を西へ向かって走行する。

まつもと町屋、西別院と止まって福井鉄道との接続駅の田原町駅に到着。福大前西福井駅から進路を北に変わり北上。

九頭竜川の鉄橋を越えると三国芦原線福井市内の最後の駅、鷲塚針原駅に着く。次の太郎丸駅から坂井市に入る。坂井市内はひたすらのどかな田園地帯が続く。

のどかということは、時の流れもゆっくりと流れているのを感じてか、私もまたまたウトウトし始める。

 

毎日、都市の生活だと時間に流されることが多いから、こうした時間っていうのは、生活の一部分として必要なんだよね。逆にのどかな場所に住んでいる人たちにとっては、刺激的な都市の生活に憧れていたりもするんです。私も両方経験しているので、よくわかるんです。これはもう、一人一人のフィーリングによるんですけどね。

 

電車は、西春江で反対電車の行き違い待ち以外は順調に進み、温泉旅館やホテルの建物が見えてくれば、坂井市からあわら市に入る。

ほどなく、芦原温泉の中心駅のあわら湯のまち駅に到着。

 

まだ午後2時過ぎなので、ホテルや旅館の送迎バスは無かった。ここから、アテンダントさんから東尋坊方面のバスの案内放送が流れてきた。

 

どうやら、この時間は三国港駅から便利だということがわかった。三国の町が近づくにつれ、遠くから日本海が見えてくる。

こうして、永平寺口駅から約1時間かけて、三国芦原線の終点、三国港駅に到着。

 
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三国芦原線の終点、三国港駅

 

ここからバス停がある反対側の向かおうと坂を上がって、ウロウロするも見つからない。

 

「困ったなぁ」と思いつつ、付近を探していると階段を発見。いとも簡単にバス停の道に出ることに成功した。

 

バス停の時刻を見ると、午後2時46分に来ることが分かり、ここで三国の青い海を一枚収めた。

 
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 ↑三国港の海です。地球の本来の海で、宇宙にもつながっている。

 

2月にしては、本来の日本海は波が高いと聞くが本当にこの日は穏やかだった。

 

そして、午後2時46分発の東尋坊行きに乗り、午後の目的地である東尋坊へ向かったのである。

 

次回、パートⅤに続く・・・・・。

 

 

 

京福バスとえち鉄で福井直感旅〜パートⅢ

永平寺行きのバスは、近くの車庫から旧古市変電所の建物をグルッと廻って静かに到着した。

 

廻って到着する光景は、以前、「水曜どうでしょう」のサイコロの旅で大泉さんが、深夜バスを高知で待っていた時の場面で、

 

「深夜バスは、舞台のように回って登場するんですよ」

 

という言葉を思い出し、私は途中のバス停から乗るのでピンと来なかったが、ようやく始発のバス停ならあるあるだなと理解出来た。

 

バスの後ろから整理券を取って乗車して、永平寺までの運賃410円を確認して座り、小銭を用意した。バスは定刻通り午前11時25分に永平寺口駅を出発、新しい住宅地と昔ながらのお店が立ち並ぶ駅前を抜けると雪に覆われた田んぼとポツンポツンと点在する家をバックに軽やかに走る。

 

次第に山あいの細い道を走ること約15分、お店などの門前町が見えたところで終点の永平寺のバス停に到着した。

 

どうやらここから永平寺までは歩くようだ。

冬なのでそんなにいないかなと思っていたら、観光バスが2、3台止まっていたりとそこそこの賑わいだった。

緩やかな坂を歩くこと10分、永平寺の前に到着して、スマホで一枚パシャっと収める。

 


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永平寺の外観

 

撮り終わってひと息ついた私は、石畳の階段を上がって中を見ることにした。

通用門から中へ入り、拝観料500円を払うと、永平寺のパンフレットと曹洞禅グラフという曹洞宗の小冊子が渡され、さらに進むと靴を入れる袋が渡された。

 

靴を脱いで袋に入れると、

 

「階段が多いのでスリッパを履いて歩くことをお勧めします」

 

という貼り紙があったので、指示に従いスリッパを履いて見て回ることにした。

 

では、ここで永平寺について簡単にまとめると、

 

永平寺は、1244年に道元禅師によって開かれた座禅修行の場として開かれて、京都から越前の国(福井県)に移り、曹洞宗大本山として、僧侶の育成や信徒の信仰の源となっている。

 

まず、訪れたのは傘松閣(さんしょうかく)で、参拝者の皆さんの控え室や研修、宿泊の部屋になっていて、天井には花や鳥の絵が230枚描かれている。あまりにも広いので、私は真ん中にポツンと座って瞑想したら清々しい気持ちになるやろし、寝転んで体幹チューニングも面白いだろうな。

 

でも、今日はたくさんの人がいるので、ちょっと自主規制。

そそくさと外へ出て次に向かうことに。

 

パンフレットに書かれていた矢印に沿って、階段をまた上がる。段数は結構ある。

 

修業僧の基本道場で、座禅や食事、就寝などが行われる僧堂を横目で見ながら階段を上がりきり、更に歩くと曹洞宗の聖地というべき場所の承陽殿に着く。お賽銭を入れて隣をチラッと見ると、

 

「お参りを済ませたお菓子です。ご自由にお持ちください」

 

という貼り紙とお菓子が置かれていた。

私も感謝をしながら、お賽銭を置いてお菓子をいただいた。

 

承陽殿を後にして、戻来た道を戻ると説法や様々な法要が行われる法堂に到着する。ここで、スリッパを脱いで袋を入れて上がることに。

 

中では、修業僧の方が先輩の僧侶の人が様々な作法を教えている姿を見ることが出来た。私は、お賽銭を入れて、しばらく正座をした。じっとしていると何か宇宙を内なる心で実感することが出来た。

 

再びスリッパを取り出して、階段を降りていると、写真を撮っている方がいたので、撮影が大丈夫であることを確認して一枚撮影する。

 


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↑雪に覆われた法堂(一文字廊から)

 

更に階段を下ると、台所や接待の間がある庫院(くいん)を見る。

 

階段を降りきったところで、浴室を見て、山門(仏の世界に入る印とされる)に差しかかる。力強い山門の四天王の像を見ると、最後にお手洗いである東司(とうす)を通る。

 

なお、僧堂、東司、浴室は私語は一切出来ないのだそうな。

 

約40分ほど見て、気持ちも何かくるものを感じて、感謝しながら永平寺を後にした。

 

門前町を歩き、再び永平寺のバス停に戻り、バスの時刻を確認する。現在の時刻は、午後12時45分。午後1時1分発の永平寺口駅行きと午後1時41分発の丸岡経由芦原温泉行きがあった。

 

東尋坊方面なら、丸岡経由が魅力的だが、せっかくフリーきっぷの魅力を引き出したいなぁと思い、永平寺口駅まで戻ることにして、しばしの休憩に入る。

 

休憩に入ったお店でチラッとテレビを見たら、「世界、ふしぎ発見!」をやっていた。

さすが、民放が2局の福井県、番組編成は何でもありやね。

でも、お昼を食べながら、この番組を見たら、ちょっと良いかも、某公共放送のニュースを見てるよりはとも思ったのだが。

 

そうこうしていると、永平寺口駅行きのバスが到着した。

 

次回、パートⅣに続く・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

京福バスとえち鉄で福井直感旅~パートⅡ

バスを降りて、まずは福井駅構内に向かおうとしていた時、えちぜん鉄道福井駅が目に入ってきた。

 


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えちぜん鉄道に乗ってから考えようか」

と思い、改札口へ向かうと窓口に、

 

「今日はフリー切符の日」

 

と書いてあったので、早速フリー切符(税込1000円)を購入。

改札をくぐって、階段を上がると2番のりば(右側)に勝山行きが停車していた。(ちなみに、1番のりばは、あわら湯のまち、三国港方面、2番のりばは、永平寺口、勝山方面)

 


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↑勝山方面行き電車、勝山左義長ヘッドマークつき

 

車両は、6000系えちぜん鉄道の主力車両で、元は愛知環状鉄道で使われていた。主に1両かラッシュ時には2両編成で、出入口の扉は、左右に開くタイプと一枚扉のタイプに別れる。

 

いよいよ、午前10時25分、えちぜん鉄道の名物、アテンダントさんが後方に乗車して出発である。

 

福井駅福井口駅との間は複線になっていて、無人駅の新福井駅を過ぎると、高架線から地上へ降りて、三国芦原線の分岐駅となる福井口駅に到着。

 

ここから単線となるので、北に向かう三国芦原線とはお別れして、電車は勝山駅へ向かうべく右にカーブして、福井市内の東部の住宅地を走っていく。

 

なかなか読みにくい越前開発(えちぜんかいほつ)を過ぎ、越前新保(えちぜんしんぼ)で福井行きと行き違いをして出発して、住宅地から田園風景に変わる。越前島橋を過ぎて北陸自動車道の下をくぐると福井市から永平寺町に変わり、最初の停車駅の観音寺町から再び住宅地を縫うように走行する。

 

松岡駅を過ぎると次第に高台を走りながら、難読駅のひとつ、志比堺(しいざかい)駅を通り、午前10時50分に永平寺口駅の3番のりばに到着した。2番のりばには福井行きが行き違いで待っていた。普通の踏み切りの警報器の音は、「カーン、カーン、カーン」と鳴るが永平寺口駅の踏み切りの音は「チン、チン、チン」と聞こえた。

 

電車を見送って、バス乗り場がある南口に向かった。

 


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 ↑永平寺口駅、雪が少し残っていた。

 

バスの時刻表を確認して、温かいお茶を飲みながら、ベンチで休んでいるとレンガの建物が目に飛び込んできた。

 


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 ↑旧京都電燈の古市変電所

 

よーく近づいてみると、ある案内の看板が。

 


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↑古市変電所の説明看板

 

ここは、旧京都電燈の古市変電所である。

 

あとで調べるとこの建物は福井県内でも数少ない煉瓦造りの大規模な建物で、大正3年に京都電燈(現在の京福電気鉄道)が鉄道を通す際に電気を送るために建てられたもので、国の登録有形文化財にも登録されている。

 

のどかな光景にいきなり煉瓦造りの建物にびっくりするかもしれないが勝山をはじめとした奥越を発展させる人たちの努力が私の目に浮かんできた。

 

そして、午前11時25分発の永平寺行きバスで永平寺へ向かうのであった。

 

次回、パートⅢに続く・・・・・。

 

京福バスとえち鉄で福井直感旅~パートⅠ

2017年2月4日。

 

私は、名鉄バスセンターの3階、6番のりばに立っていた。

 

先月、東尋坊がフッと頭が浮かんできたので、福井に行くことにした。

 


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写真は福井駅東口に停車している、お世話になった福井鉄道バス。

 

車体は、青と白をベースに金色でFUKUTETSUと描かれていて、福井県の花の水仙のイラストが描かれている。

 

乗って座って運転席を見ると、

 

「日々、自動車教習卒業試験に、合格する気持ちを持って、運行に努める」

という安全宣言が掲げられていた。

 

出発の名鉄バスセンターでは、1割から2割くらい埋まった状態で出発。

 

名鉄バスセンターを出ると名鉄レジャックのビルを曲がり、太閤通りを通って、JR名古屋駅の新幹線口乗り場に到着。

 

ここで、たくさんの乗車があり、あっという間にほぼ満席の状態で出発。チラッと新幹線ホームを見ると、ひっきりなしにN700系や700系が西へ東へ到着したり、出発していくのを見た。

 

バスは、市内から国道22号線に入り、もう一つの乗車用のバス停、名神一宮に向けて北上する。

 

上には、名古屋高速道路清洲線と一宮線が、国道と並行するように伸びていた。道は土曜日で、行楽地へ行く車とお仕事の車とが半々ぐらいであった。

 

名神高速道路の一宮インターの手前で名神一宮のバス停に到着。しかし、乗る人はおらず、運転手さんは、乗っている人の人数確認、そして無線連絡を行い、いよいよ高速道路に入る。

 

名神高速に入ったバスは、まず伊吹山に向かって西へ進む。木曽川を越えて岐阜県に入ると東海道新幹線と並び、岐阜羽島インターで別れ、濃尾平野を進み、長良川揖斐川を越えて、養老サービスエリアを過ぎるといよいよ山の中。上り坂とカーブが続く。関ヶ原インターを過ぎて、関ヶ原トンネルを通ると滋賀県に達した。

 

「東京から400キロ」というキロポストを見て、バスは米原ジャンクションで名神高速に別れを告げ左車線に入り、カーブをしながら坂を下り北に進路を変えて北陸自動車道に入った。

 

米原市から長浜市に入ると、遠くではあるが長浜の市街地と琵琶湖を見ることが出来た。バスは何ら渋滞に巻き込まれることなく、長浜を抜けると残雪を見ながら北上、木之本インターを抜けて、山を上がろうとしたところで賤ヶ岳サービスエリアに到着。

 


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賤ヶ岳サービスエリアの下り線(金沢・富山方面)は山小屋風の建物で、山小屋食堂と山小屋マルシェで構成されている。

 

私は山小屋マルシェでつまみ食い出来るのはないかと探していると、

 

「湖西・高島名物  匠の洋ドラ」(1個211円)

 

を見つけ2つ購入した。

 

バスの写真も撮ろうかなと思ったが、土曜日で車やバスの往来も多く、自重してバスの車内に戻る。

 

バスがサービスエリアを出てから、洋ドラをお茶と一緒にいただく。

 

まずは、「生クリームと生チョコ」味は、程よい甘さでクリームの中にある板チョコが良いアクセントになっている。

 

もう一つは「フレッシュバターと粒あん」も和風と洋風バランスが良いなぁと思った。

 

上り坂を上り、柳ケ瀬トンネルを抜けると福井県敦賀市に入る。

カーブやトンネルを通過して舞鶴若狭自動車道の分岐点を越えると敦賀インター(バスストップ)に到着。

 

市街地とインターはかけ離れている。

1人だけ降りて、再び北陸自動車道に入る。

しばらくすると杉津パーキングエリアからは一瞬日本海を見ることが出来た。

 

平野部に入ると再び雪はなくなり、武生、鯖江に停車して、いよいよ終点の福井駅東口へ。

 

福井インターから郊外の道を通っていると縦型の信号機に遭遇。ここで、雪国の北陸にやって来たことを実感しながら、午前10時に福井駅東口に到着した。

 

北陸新幹線に向けての工事のための足場が組まれていて、ファッションビルがあるくらいで、「あっ、裏口だな」とすぐにわかった。

 

福井駅東口からは、名古屋行きだけではなく、大阪梅田行きや東京駅に向かう便もここから出発する。

 

私は、直感を信じて福井駅構内に向かうのであった。

 

次回、パートⅡに続く・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

2017年 初旅!〜伊勢神宮から志摩半島までパートⅦ


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中身の濃い旅になってんじゃないのと思いつつ名古屋を戻ろうと、あらかじめ予約をしていた、18時30分発の伊勢志摩ライナーへ乗ろうと1番線へ。

 

近づくと朝は黄色だったのに、今回は赤の伊勢志摩ライナーだった。

 

「今日の私はめっちゃツイてる!」

 

と心の中でばんざーいしながら車内に入る。

 


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伊勢志摩ライナーの運転室

 


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↑レギュラーカーの車内

 

停車駅:鵜方、志摩磯部、鳥羽、五十鈴川、宇治山田、伊勢市、松阪、伊勢中川、津、白子、四日市、桑名

 

18時30分まで、指定席の3号車には誰も乗って来ないまま賢島駅を出発。

 

鵜方駅までは誰も乗って来ずほぼ貸し切り状態で、ようやく3人乗ってきただけ。しばらく普通電車に乗ってきただけに、普通電車しか停まらない駅の通過するスピードが早いこと、早いこと。

 

ようやく船津駅でスピードが落ちて単線に入る。

更に志摩赤崎駅で、同じ赤色の伊勢志摩ライナーと行き違い。

中之郷駅で複線に戻り、「我は海の子」のメロディーが聞こえると鳥羽駅に到着したが、3号車には乗る人はいなかった。

 

鳥羽駅を出てスピードが上がり、朝熊山を通り、五十鈴川駅へ。

五十鈴川駅では、1番のりばには五十鈴川止まりの急行が休んでいて、2番のりばには鳥羽行きの普通電車が出発するところであった。

 

ほどなく、ビバルディの四季のメロディーで今日は寄らなかったが宇治山田駅に到着して、親子づれが乗ってきた。更に、伊勢市駅でようやくカップルと夫婦が乗ってくる。

松阪駅に止まり、ベートーベンの田園のメロディーが流れて伊勢中川駅に滑りこむ。

ここで大阪方面からの特急の連絡待ちをする、観光要素から現実に帰っていく。

 

車内も賑やかになりながら津、白子、四日市、桑名と北上して、

20時33分に名古屋駅のホームに到着で今回の旅が終わりとなる。

 

今日は雨というあいにくのお天気の中での旅でしたが、私の右の親指をケガをするアトラクションもありましたが、パワースポットを巡ることも出来、バスも電車も楽しめて大満足の一日でした。

 

唯一、旅に夢中になるがあまりグルメの要素をすっかり忘れてしまったことですね。これは、次回にとっておきます。さっ、次はどこへ行きましょうか。

 

では、次回までさようなら。

 

2017年  発旅!~伊勢神宮から志摩半島まで   完。

 

 

 

 

2017年 初旅! 伊勢神宮から志摩半島まで〜パートⅥ

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次にやってきたのは鵜方駅。

志摩市の中心部である。

 

志摩磯部駅と比べて、賑やかで行き先案内もLEDの表示。

 

橋上の駅舎なので、エスカレーターであがると改札も自動で売店(ファミリーマート)、休憩室もある。

 

更に下りエスカレーターで外に出ると、北口は住宅地で南口は、バスやタクシーがひっきりなしにやってきて、正直やや手狭なんじゃなかろうかと思った。

 

もう少し街中を歩いたが、ここで急に雨脚が強くなり、なおかつ冷たい風が吹き始めてきたので途中で引き返すことに。

 

南口の光景を見た時、志摩磯部との落差は何だろうか。

志摩磯部と鵜方の駅としての役割を見直す必要に来ているのではないだろうかと思った。

 

志摩磯部駅はせっかく立派な駅舎を作ったんだから、もう一度志摩スペイン村のアクセスとして再構築して、一方で鵜方駅は志摩半島(大王、浜島方面)の玄関口として役割を果たすといった分担も考えて良いと思った。

 

利便性を考えてのことだろうが、一気に集中させると観光客がまごまごしてしまい、せっかくの楽しい旅も疲れだけで終わると感じた。

 

さぁ、いよいよ最後の志摩線の最後の特急駅でもあり、近鉄の終点でも賢島に向かおう。

 

そして17時30分発の賢島行きの普通電車(2両編成)に乗車した。

 

辺りは雨と相まって真っ暗、乗客は私を含めて3、4人。雨のバチバチと当たる音が聞こえ、賢島に入る境目は当然わからないまま賢島駅の5番乗り場に入ったのである。

 


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賢島駅は、右から1番線、2番線と一番左が5番線で、1番線から4番線までが大阪・京都・名古屋方面の特急乗り場で、5番線が普通電車の乗り場になっている。

 

普通電車は賢島から伊勢中川行きと名古屋線で車庫のある白塚行きとが日中交互で走っている。

 


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普通電車は、その昔、特急ホームから一段低い場所から静かに発車していた。上の写真のとおり誰もいません。

 

今日は結構出来る限りのことをしたなと思い、名古屋行きの特急で帰ることするかと思い、駅のファミリーマートで弁当を探して1番乗り場に向かった。

 

次回、パートⅦ(ファイナル)に続く・・・・。