西名阪道の近くにご鎮座する古墳たち。
道明寺駅から住宅地を通り抜け、国道に出て再び住宅地に入ると再び羽曳野市に入ると同時に西名阪道の真下の道を歩く。
夏の太陽が強く、ペットボトルの麦茶の消費の早いこと、早いこと。
道明寺駅から歩くこと約20分、古墳の形が見えてきた。
↑仲姫命御陵の墓(古墳)と書かれている案内。
↑注意書きが書かれている看板。
↑到着した古墳の正面。
↑案内に書かれていた上空からの写真。
ここは、応神陵古墳と言い、仁徳天皇陵に次いで全国第2位の面積で、体積が第1位の前方後円墳で5世紀に造られ、金銅製透彫鞍金具(こんどうせいすかしぼりくらかなぐ)が出土したそうである。
今度は羽曳野市役所の近くにも古墳と遭遇。
↑近くは墓地なのに、こんなところにも古墳が?
↑墓山古墳の写真。
ここは、墓山古墳と言い古市古墳群の中では、第5位の規模で周囲には濠と堤を巡らせていて、周囲の古墳では甲(よろい)や冑(かぶと)、刀剣の武器や鍬(くわ)や手鎌(てがま)などの農具が埋納されているという。
更に近くを歩いていると・・・。
↑埴輪窯があった場所。
↑埴輪の色々の説明。
ここは、誉田白鳥埴輪製作遺跡と言い、昭和44年に偶然見つかったとされ、5~6世紀にかけて古墳で使う埴輪が造られていた。
この一帯は古墳のみならず埴輪や金属でも盛り上がってたんだと感じて歩いていたら、見慣れた光景・・・。
古市駅に戻っていた、実質一周していたみたいだった。