いっちゃんのリュックサックを背負って

このブログは私が日本全国をリュックサックを背負って、見たこと、感じたことをありのままに書いています。どんな旅をしているか楽しみながら読んでください!

2017年初旅! 伊勢神宮から志摩半島まで パートⅠ

 

2017年1月8日、日曜日。

私は、今年の初旅をするために近鉄名古屋駅に立っていた。

まずは、ちょっと遅い初詣になったが伊勢神宮へ向かうことにした。

その日は、天気が下り坂で昼前から雨の予報があったので、雨具もしっかり準備をして、今回利用する、「伊勢神宮初詣割引切符〜ゆめもうで(往復特急券付き)」を持って、名古屋駅の特急のホームの5番のりばに向かった。
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 入線してきたのは、名古屋を午前9時25分に出発する賢島行き特急、伊勢志摩ライナー

 

停車駅は津、伊勢市、宇治山田、鳥羽、志摩磯部、鵜方である。

 

土曜祝日ダイヤなので、速達タイプの伊勢志摩ライナーである。

 

車内はあっという間に席が埋まり出発。

 

大半は伊勢神宮へ行く人ばかりだろうと推測出来た。

 

名古屋を出発した伊勢志摩ライナーは、アーバンライナー並みのスピードで津に向かう。

 

伊勢志摩ライナーは6両編成で、前から6号車、5号車の順で一番後が1号車である。

 

そのうち1号車がデラックスカー、2号車は2人と4人個室を揃えたサロンカーとなっている。

近鉄名古屋線は、直線区間が比較的多くてスピードが出やすい。

途中、蟹江で津新町行きの普通電車を弥富で五十鈴川行きの急行を追い越し、木曽川揖斐川長良川の鉄橋を越えるともう三重県に入る。

近鉄、JR関西本線養老鉄道三岐鉄道北勢線が合流する桑名を通過。

 

伊勢朝日の手前で、JR関西本線と、富田の手前で三岐鉄道三岐線とそれぞれオーバークロスして四日市市内に入る。

 

近鉄名古屋線は、名古屋市内を出ると都市→田園地帯→都市→田園地帯が繰り返される。

 

近鉄四日市を過ぎるとコンビナート地帯とこにゅうどうくんが描かれたガスタンクを見ながら南下を続ける。

 

近鉄の名古屋エリアの最大の車庫がある塩浜や鈴鹿川を越えると再び田園地帯に。

 

鈴鹿市の中心駅、白子駅に着く手前が、天気予報通り雨が降り始め出す。

 

鈴鹿市から津市に入り始めるころ、遠くから伊勢湾がチラチラと見え始める。

 

こうして、名古屋を出発してから約45分、JR紀勢本線伊勢鉄道線の線路が一緒になったところで最初の停車駅である津に到着。

 

ここで難波方面に乗り換えるビジネス客と津から伊勢方面へ向かうカップルと乗り替わりがあって津を出発。

 

雨はとうとう本降りになり、久居を通過し、大阪方面の連絡線を右に見て、大阪、伊勢、名古屋の分岐点の伊勢中川駅に入り、松阪行きの急行を追い越し一気にスピードが上がる。

 

ここで、名古屋駅の売店で買った(最近、駅の売店もファミマが多くなった気がするが)天むすを頬張りながら、松阪の田園地帯を眺めていた。

 


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 松阪駅を越えて、しばらくすると斎宮の案内が流れて慌てて左側を見たが遅かった、残念。

 

こうして、宮川を鉄橋を通過して昔ながらの住宅地を通っていくと最初の目的地、伊勢神宮の外宮の最寄り駅、伊勢市に到着した。

 

私はこれから雨とどうやって向き合いながら旅をするかなと思いを馳せながら改札へと向かって歩いていった。

 

次回、パートⅡに続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





旅への情熱、再び

それから、せっかくの才能があったのにも関わらず、就職氷河期やしたくもない仕事や、借金問題で、あれよあれよという間に私自身を見失ってしまい、旅が好きというのを完全に忘れてしまいました。

 

そして、おととしの夏から、

 

「何とかしたい」

 

という思いで「人間関係のマトリックス」の勉強会に出席をし始めました。

 

そして、去年の同じ時期。

 

ちょうど、人間関係の勉強会が速読スクールであって、余りの居心地の良さに二つ返事で、3月から速読をしながら脳の活性化を進めていました。

 

その眺めるの時間で、インストラクターの先生から、

 

「ひょっとしたら、旅が好きなんじゃないか」

 

というお話がありました。

 

私は、お話があった時は、半信半疑でしたが、9月に作家の本田健さんの一日セミナーでどうしても東京に行きたいという気持ちが強くなり、夜行バスに乗るかと決めて、調べたら、今利用している中央道高速バスの新宿行きに出会いました。

 

私は、これなら名古屋を出ること無く行くことが出来ると喜んでインターネットで予約し窓口で買いました。

 

実際に乗ると4列シートでしたが、結構イケるやんと感じ、終点のバスタ新宿では周りの皆さんはグロッキーの上達にも関わらず、何故か私だけはピンピンしてました。

 

それ以来、去年だけでも5往復半利用しました。

 

今、私は、某物置のコマーシャルをもじって、

 

「夜行バス、10往復乗っても大丈夫!」

 

と周囲には話しています。

 

 

2017年、私が楽しみたい旅

あけましておめでとうございます!

 

今年2017年、皆さんはどんな場所でどのようなお正月をお過ごしでしょうか。

 

さて、今年はどんな旅にしたいのかを5個に分けて書くことで最初のブログ記事にしたいと思います。

 

1 夜行バス10往復利用する

これは今年は現実味を帯びてきたぞ。

まずは、次元上昇セミナーで中央道高速の新宿行きを6往復は確実。あとは、大阪、新潟、博多、仙台、福島、岡山、広島(すべて名古屋発だからね)のどれかがありそう。

 

2ふるさとの鉄道を再度見つめる

私のふるさとの岡山の鉄道をもう一度見つめにやって来るかもしれない。岡山は、新幹線はもちろん、山陽本線赤穂線吉備線瀬戸大橋線伯備線津山線姫新線因美線芸備線宇野線井原鉄道智頭急行水島臨海鉄道岡山電気軌道路面電車と負けず劣らずの鉄道王国。

自分のふるさとの鉄道をしっかり味わいたいので2つ目のテーマにした。

 

3私の五感を信じた旅にする

私がふと浮かんだことを叩き台にして、人間が元々持っている五感を生かした旅を作っていく。私がこういう風に見たり、聴いたり、食べたり、挑戦したら楽しいといった具合に。

 

4お土産などを通じてみんなと分かち合う。

自分一人だけで楽しむだけでは面白くなく、ただの自己満足。そこで、お土産や私の経験談をブログを通じてみんなと分かち合うことが私やみんなにとってもハッピーな循環を作り出していくのだ。

 

5ドミネーション(自由制)でのお話会をする。

 

経験を積み重ねて、料金自由制のお話会をする。なぜならば、私は価格を決めるのが苦手で、価格が決められないのであれば、まずは私が持っている能力を全て出しきってその後に次の一手を決めても良いのかなと思っています。

 

以上がやりたいことの5つですが、果たしてどこまで実現できるのかワクワクしています。

 

苦しくなったら、すぐにSOSを出しますので、上手くハッパをかけてください。

 

では、今年もよろしくお願いします。

近鉄に目を輝かす

前回の続きになりますが、大阪環状線鶴橋駅近鉄に乗り換えますが、またまた私の旅魂に火をつけるものがありました。

 

名古屋に住んでいる今も、近鉄に乗る時もワクワクさせるものがありますが、通学で使っていたのは奈良線で、快速急行に乗っていました。

 

快速急行が好きなのは生駒までノビノビと走っているところが好きです。

 

瓢箪山駅から石切駅、そして生駒トンネルまで見える、大阪平野が広く見渡せるのは圧巻です。

 

では、なぜ奈良へ行くのに関西本線一本で行かなかったのか。

 

王寺からき近鉄生駒線から生駒まで北上するのには各駅停車しかないので時間がかかること。

 

奈良までだと近鉄奈良駅新大宮駅に乗り継ぎするのがめんどくさいと感じたからです。

 

しかしながら、長い距離を電車に揺られていたからこそ、旅に対する憧れが深まったんだと思います。

 

 

 

 

更に見聞を広げたくなる

私が18歳のころ、阪神大震災の年に奈良の大学に通うことになり大阪に出てきました。

その時、近く駅からJR関西本線で通うことになりました。

本格的に最初に乗った電車は、103系ウグイス色(要は黄緑色)の6両編成の、JR難波行き。

乗って扉が閉まるとガクンと動きだし、国鉄時代らしい物凄いモーターの音。

しかし、私にとっては珍しくてワクワクしていたので何にも気にしていなかったのを覚えているし、久宝寺駅は今では駅舎は立派なものになっているけれど、以前は天王寺方面と奈良方面の駅舎が離れていたもんね。

 

当時は、久宝寺駅大和路快速区間快速も止まらなかったので、平野駅で快速電車の通過待ちで見た221系電車を

 

「一回乗りたいなぁ」

 

と思いながら見ていました。

 

そして、大阪環状線の内回りに乗って、鶴橋駅へ。

大阪環状線も最近、新型車両の323系が走り始めたのを聞いているので、来年の三連休に用事もあるので乗りにいきたいと思っているんですが。

 

ありゃ、こんなに書いていると時間になってしまいました。

 

近鉄のお話についてはまた次回でお話しましょう。

 

んじゃ、また。

 

 

 

 

 

私が旅に興味を持ったきっかけ

初めて旅に興味を持ったのが、今から25年前の高校一年生の時だった。

 

私の通うことになった高校は隣町にあって、駅までは自転車で行き、近くの駐輪場に預けて、JR姫新線気動車(ディーゼルカー)で行くのが通学パターンだった。

 

だいたい久世を午前7時55分に出ていた、当時の気動車は、姫路を午前4時53分に出発して、津山を経由して中国勝山に午前8時1分に到着するダイヤだった。(もちろん、今はこのダイヤは無いんですが)

 

いつも到着する気動車は赤い塗装のキハ40系の2両編成だった。

 

車内は、ワンマン仕様で運転席の前には、運賃表示器に運賃箱(利用していた時は、車掌さんが乗車していたので、袋がかけられていたんですが)、運賃表は姫新線の姫路から中国勝山までと播但線の姫路から和田山までの分が掲示されていた。

 

私がよく見ていたのは、中刷りの広告で近畿エリアのイベントの案内とか、神戸や姫路地区の会社の広告を眺めているのが一番の楽しみだった。

 

ちなみに帰りの気動車は、新見からの青の塗装をしたキハ47系の単行列車でワンマン運転でトイレつきで、一枚扉で入り口、出口辺りがロングで、あとは固定のクロスシートのいわゆるセミクロスシート

 

しかし、岡山地区のイベントの中刷り広告はあんまり見た記憶がない。帰りで混雑して見れなかったか、学校の疲れで見ていなかったか。

 

そして、大学で大阪に出てきた時に新たな出会いが待ち構えていた。

 

挨拶変わりの文章、次回は大学時代に旅好きを決定づけた、関西本線近鉄について書きたいと思います。