たくやのリュックサックを背負って

このブログは私が日本全国をリュックサックを背負って、見たこと、感じたことをありのままに書いています。どんな旅をしているか楽しみながら読んでください!

夕暮れ時の二川宿。

夕どきの二川宿。

 

日もだいぶ長くなりました。

 


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↑西駒屋。

 

西駒屋は、駒屋から分かれて明治42年に味噌・醤油の製造・販売を始めた。(人が住んでいるそうです)

 

そして、


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↑本家の駒屋。

 

本家の駒屋は、カフェやお土産屋としても再現されている。


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↑商家・駒屋の内部。

 

では、二川駅へ向かって歩くことにしょう。

 

旅篭屋「清明屋」。

そして、資料館のもう一つの建物が、旅篭屋「清明屋」である。


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↑庶民の宿、旅篭屋「清明屋」。

 

ここは、1817年に建てられ、主屋・繋ぎの間、奥座敷で構成されていて旅篭屋の様式をはっきりと残している建物で平成14年に復原した。

 

主屋にはひな人形が飾られていた。


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↑主屋に飾られていたひな人形。

 

旅篭屋の玄関口にもひな人形があった。


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そして、奥へ進むと井戸があった。


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↑江戸時代の井戸。

 

ギリギリだったので入館時間に間に合うかなとは思ったが、江戸時代の旅や宿を学ぶことが出来て、たくさんのひな人形も見れて一挙両得だった。

 

さっ、時計は午後4時15分を過ぎていた。

もうちょっと街道を歩いてみよう。

 

 

華やかな瞬間に。

次にやって来たのは、二川宿本陣。

 

本陣とは、大名や貴人が泊まる場所で東海道では2ヵ所しか残っておらず、1ヶ所がここ二川宿である。


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↑二川宿本陣。

 

訪れた日は、ひな祭りだけあって中では雛人形が展示されていた。


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↑展示されていた雛人形あれこれ。

 

中は本当に華やいでいて思わず一つ一つ見いってしまった。


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↑二川宿本陣の主屋。

 

そして、次に訪ねたのが庶民の宿と言われるところである。

 



 

 

宿場町について勉強する。

やってきたのが、二川宿本陣資料館。

 


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↑二川宿本陣資料館。

 

ここは、二川宿についてはもちろんのこと。

宿場町についてはもちろん旅籠屋が再現されたり、四季折々のイベントや展示が行われている。

 

まず、最初に学んだのが東海道の宿場町の成り立ち。

 

館内に置いてあったレジュメを読んでいくと、関ヶ原の戦いの翌年の1601年、徳川家康は街道の整備を始めたことから始まる。

 

二川宿は、1644年に元々あった二川と大岩を一つの宿場町にしたとされている。

二川宿の人々の商売は農業と兼ねていたそうである。

 

そして、訪ねた日、3月2日と言えば、そうひな祭りである。

 

二川宿本陣へ進むと華やかなものを見ることが出来たのである。

豊橋の端、県境の街・二川へ。

階段を降りて、次の浜松行きが出発しようとしていた。

 

「ふぅ、間に合った。」

けど、多いなぁ。


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↑浜松地区でも大活躍のJR東海313系

 

そして、隣の駅、二川へ。

車内はややすし詰めの状態。

豊橋を出るとすぐ東海道新幹線の線路と並走。

 

そして、豊橋の端っこで静岡県の境目の駅、二川に到着。


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二川駅の駅標。

 

二川宿・・・。

 

東京(日本橋)から始まる東海道33番目の宿場町。

 

駅を一歩出ると東海道らしく車が行き交う、行き交う。

 

国道1号がメインとなっても旧東海道も生活道路としては欠かせない存在になっているみたいだ。

 

二川駅を歩くこと約15分、今回の目標となる場所に到着するのであった。

 

 

いよいよ飯田線で豊橋へ入る。


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飯田線豊橋駅に向かう電車。

 

いよいよ飯田線に入る連絡線を使って豊橋駅に向かう。

 

豊橋へは、勾配を上って豊川を渡る、一方豊橋から名古屋方面へは豊川を渡ると地上に降りる。

 

そして、いつものように


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↑豊川分水路


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↑豊川を渡る電車。

 

豊川分水路、豊川を渡って豊橋市に入る。

 

そして、豊橋駅3番のりばに到着。

 


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豊橋駅の駅標。(JR仕様である、駅ナンバーは名鉄。)

 

時刻を見ると次の乗り換え電車まで、あと3分。

私は早足で浜松方面の電車乗り場へ向かった。

伊奈駅で普通電車が折り返す理由。


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伊奈駅豊橋方面の時刻表。

 

これは、豊橋方面の時刻表だが、日中は豊橋行きが2本。

 

実は、伊奈駅豊橋駅はJR飯田線に乗り入れていて、なおかつJR飯田線は昔、当時の国鉄との間で豊橋乗り入れは1時間につき6本までという取り決めがあるため普通電車は伊奈駅折り返しになった。

 


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伊奈駅で休んでいる電車たち。

 

そして、次の豊橋行き急行がやってきたので乗車する。