西へ、西へ、進路をとれ!〜パートⅠ

おはようございます。

 

今日は、2017年3月11日、土曜日です。

 

前日に名古屋駅から、夜行バス、「青春ドリーム大阪1号」で揺られて(というより、名前のとおり若い子たちが賑やか過ぎてあまり寝れなかった)、大阪駅前にやってきました。

 

今日は、阪神電車山陽電車に乗りながら西へ、西へ目指します。

 

どんな旅になるやら、では行きましょう。

 

大阪駅前も変わったので、一つ道を間違えると違う道に出てしまうんてすが、無事に阪神梅田駅に到着しました。

まずは、駅長室でフリー切符を手に入れましょう。

 

今日、使う切符は、

阪神・山陽 1day シーサイドフリーチケット」(税込2000円)。

 

自動改札機に通ると、ちょうど阪神車両の山陽姫路行きの直通特急が1番のりばに入ってきた。

 


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阪神の車両の直通特急

 

2番のりばに山陽電車の車両の直通特急が到着した直後、午前6時14分、阪神梅田駅を出発した。

 

福島駅を過ぎるとまだ暗闇の地上へ出てひたすら西へ向かう。

 

ここから、野田駅を通過をして3つの川、淀川、神崎川、左門殿川(さもんどがわ)を越えて、兵庫県尼崎市に入り、最初の杭瀬駅を通過。大物駅で阪神なんば線と合流して、尼崎車庫が見えたら、最初の停車駅、尼崎に到着。ここまで、阪神梅田駅から約9分である。

 

阪神電車は駅と駅との間が短く次々と通過する駅が早いこと、早いこと。武庫川駅武庫川を過ぎると西宮市に入り、甲子園駅に停車。さすがに朝が早いのでガラン、ガランである、さらに六甲の山並みを見ながら西へ進むと西宮駅に到着。ここで、朝の6時半。ようやく席も埋まりだす。

 

香櫨園駅で長い長い高架線から地上に降りて、芦屋市に入り、芦屋駅を過ぎて、再び高架線に入り、神戸市内に入って、六甲ライナーとの接続駅である魚崎駅、ホームが緩いカーブになっている御影駅に止まり、三宮へ向かう。

 

阪神大石駅から車庫が見えると、再び地下線に入る。阪神大石駅は、直通特急のスタート前はここまで、山陽電車が乗り入れていた。(ちなみに阪急線側は阪急六甲駅まで乗り入れていた)

 

大石の車庫を通る度に、あの阪神大震災で、グチャグチャになった映像を思い出し、あの日(1995年1月17日)を忘れてはいけないと感じた。

 

そして、午前6時45分に、阪神神戸三宮駅の3番のりばに滑り込んだ。私は何気なく降りてみた。

さすがに土曜日の朝なので、改札口も地下街も人はほとんどいません。

なので、私はそそくさと諦めて、次の電車で元町、新開地方面へ向かうのである。

 


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↑普通電車、ジェットカーでおなじみの阪神5000系(ぶれていますが許してください)

 

次回、パートⅡに続く・・・・・。

 

 

 

 

京福バスとえち鉄で福井直感旅~パートⅦ


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↑帰りの名鉄バス(名鉄バスセンターにて)

 

福井駅の構内を急ぎながら、横断して、福井駅東口に着いたのが、午後5時45分。

ちょうど夕方のお迎えに来る車などで、慌ただしく流れていた。

 

そして、午後5時50分。名古屋行きの高速バスがぐるっと回って1番のりばに到着した。

バスは、お馴染みの名鉄バスである。チケットを見せて乗車。何回も座っている馴染みのシートでコンセントもしっかり完備されている。

名鉄バスの良いところは、高速バスのほとんどの路線にコンセントがついていることである。

スマホタブレットを持つようになってから、高速バスの路線を見る時は、シートの内容を見るよりもコンセントの有無を見ることが多くなった。

コンセントが無い高速バスに乗ると、特に帰りは電池が切れないかと不安になることがある。

 

改札が終わって、福井駅東口から乗る人は、私を含めて7人。

おい、おい。福井行きはあれだけ混んでたのに、この落差は何だぁ。と思いながらも、後ろに人が乗ってないことを確認して、リクライニングシートを後ろに倒した。

 

そして、午後6時に静かにバスの扉が閉まり、再び約5キロ離れた、北陸道の福井インターへ向かう。

 

福井インターから福井市内の夜景を見ながら、

「忘れないから〜」

と、見たことがあるテレビ番組のセリフを呟いたのである。

 

そして、元来た道を再び南下して、鯖江、武生、敦賀のそれぞれのバス停に止まっていったが、乗ってきたのは一人だけで、ゆったりした状態で名古屋へ向かっていった。

 

賤ヶ岳サービスエリアの上り線のサービスエリアに到着。約10分の休憩の間にお茶とお土産を買う。選んだのは、福井名物「羽二重餅」を買う。包み紙を見ると、昔の福井市内の地図が描かれていて、現在の地図をイメージしてもあまり変わらないなぁ。福井市もお城を中心に発展してるんだなぁとしみじみ感じた。

 

その後、ウトウトしながら寝てしまい、気がついたら一宮インターを降りて一般道を走っていた。旅もいよいよラストスパート、こうして定刻より10分早い、午後8時45分に終点の名鉄バスセンターに到着して終了。

 

さっ、今日は福井を旅をしましたが、路面電車あり、鉄道遺産あり、由緒正しきお寺あり、素晴らしい旅でした。でも、やはりグルメがなかったですね。致し方ないんですが。

 

さぁ、次はどこへ行きますか。いっちゃんの気ままな旅、ごきげんよう

 

まだ、時間があるから、名古屋駅でそばを食べるかな・・・・・。

 

京福バスとえち鉄で福井直感旅   完

京福バスとえち鉄で福井直感旅~パートⅥ

再びえちぜん鉄道三国芦原線を福井方面へ向けて戻ることにした。

 

午後4時過ぎになって陽が傾き始めると、冷たい風が吹き始めてきて冬の寒さが戻ってきた。

 

九頭竜川を渡る手前で、福井市内の最初の駅で、フェニックス田原町ラインの起点(終点)になっている鷲塚針原駅へ午後4時39分に到着した。

 

島式ホームの三国芦原線から、駅構内の踏切を渡ると、新しい路面電車用ホームに福井鉄道路面電車である、「FUKURAM」と書かれたF1000系電車が休憩していた。

 


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↑鷲塚針原駅に停車している福井鉄道路面電車型車両。

 


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↑車内はこんな感じ。

 

では、ここでフェニックス田原町ラインについて触れておくと、

 

フェニックス田原町ラインとは、2016年3月に福井鉄道(田原町〜越前武生間)とえちぜん鉄道三国芦原線(田原町〜鷲塚針原間)の相互乗り入れの開始の時につけられた愛称である。

 

そのため、乗り入れ車両は全て路面電車タイプが使われる。ちなみに車両は福井鉄道は写真のような「FUKURAM」の愛称がつけられたF1000形で、えちぜん鉄道は新しく新造された「Ki-bo」の愛称がついたL形電車で運転されている。

 

ちなみに「FUKURAM」は3両編成、「Ki-bo」が2両編成で、えちぜん鉄道線内は、急行として乗り入れる。

 

では、何故急行として乗り入れているのか。

相互乗り入れの際に、路面電車用のホームをえちぜん鉄道側(田原町〜鷲塚針原間)に新たに作ったのだが、出来なかった駅があったからである。

 

午後4時49分、扉が閉まってゆっくりと出発。唯一止まらない駅の中角駅を通過して九頭竜川を越える。

FUKURAM」はえちぜん鉄道の電車と変わらないくらいのスピードで快走する。

路面電車は普段はゆっくり走る感じがあるけれど、普通の鉄道線に入るとものすごい力で走るんだなぁと思いながら、新田塚(にったづか)駅に到着。

 

新田塚駅は、鷲塚針原駅と同じように路面電車用のホームを新しく設置している。ここで、三国港行きの電車と待ち合わせ。

 

八ツ島駅、日華化学前駅、福大前西福井駅は、元々は電車用ホームの一部を路面電車用ホームに改造していて、行き先案内表示器があり、電車用ホームに止まるか路面電車用ホームに止まるかを案内している。

 

福大前西福井駅で、青色の「FUKURAM」(鷲塚針原駅行き)と待ち合わせをする。平日の朝には、福大前西福井駅発着の電車も存在する。そして午後5時2分、田原町駅の手前で福井鉄道の線路に入って田原町駅に到着した。

 


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↑午後5時過ぎの田原町駅

 

田原町駅は、えちぜん鉄道福井鉄道の接続駅で、福井鉄道側は、フェニックス田原町ラインのスタート前は無人駅だった。

 

田原町駅のホームは、

1番のりばが、越前武生行き(主に普通電車で田原町駅で折り返し)

2番のりばが、フェニックス田原町ライン(鷲塚針原方面、越前武生方面)

3番のりばが、えちぜん鉄道三国芦原線(福井、三国港方面)

となっている。

 

福井鉄道側の駅に回って、改札で福井鉄道田原町から福井駅前の間、160円の切符を購入して、チラッと構内を見ると、えちぜん鉄道側は夕方のラッシュが始まっていた。

 

そして、1番のりばに停車中の緑の「FUKURAM」に乗車。行き先は、福井駅経由の「普通   越前武生」行きである。

 


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田原町駅に停車中のFUKURAM

 

午後5時24分、静かに扉が閉まり、ゆっくりと出発。

田原町駅を出発するとフェニックス通りの路面区間に入り、南下していく。学校の建物が見えてくると、「仁愛女子高校」電停に停車。

更に、ホテルなどの建物が増えてきて、賑やかさが増してくると、「市役所前」電停に到着。ここで、「福井駅前」電停からやってくる田原町駅行き電車を待ちあわせ。

バスの時間があるので、ヤキモキしたが名鉄の旧岐阜市内線で使われていた電車が「市役所前」電停に入ってきたと同時に扉が閉まり出発。左折してほどなくして、今日の旅のゴールである、「福井駅前」電停に到着した。

 

なお、この「FUKURAM」は進行方向が反対にするため、運転士さんは反対の運転室へ移動して武生方面に向かうことになる。

 

私は、時間がなくなってきたので、早足で福井駅東口へ向かうのであった。

 

次回、パートⅦ(ファイナル)へ続く・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

京福バスとえち鉄で福井直感旅〜パートⅤ

三国港駅前のバス停を出発した京福バス日本海を眺めながら、坂を上がっていく。旅館やホテルから東尋坊に近づくにつれて松林が増え、別荘地に造られた土地を進んでいく。

 

バブル期に造られたのだろうが、別荘も点々と見かけることが出来た。

 

そして、

「ピンポンパンポーン、次は東尋坊東尋坊です。お降りの方は降車ボタンでお知らせください」

とアナウンスが流れるともうすぐ東尋坊である。

 

東尋坊のバス停は、お土産屋さんの目の前にあった。

帰りのダイヤを確認すると、三国港駅方面は、午後4時半まで30分間隔での運行なので、時間にはまだまだ余裕がある。

 

お店屋さんが軒を連ねる石畳を歩くこと約5分。

いよいよ東尋坊に到着した。

 


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立春東尋坊

遠くから見えるのは雄島で、周囲2キロの越前海岸で一番大きい島で、昔から「神の島」といわれている。

私が立っているところから日本海までの高さは、ビルの8階から9階分(約25m)の高さがある。

観光遊覧船も走っていて、良いお天気だけあってたくさんの人が列が出来ていた。

 

一歩下に降りて座り、目を閉じて瞑想を試みた。

何が出てくるのかな。

優しい太陽の光の暖かさと日本海のサー、サーと言った優しい音。(私は、冬の時期だけにザバーン、ザバーンとの荒海かと思っていた)

ここでノートに書いていたのをそのまま上げると、

・心が浄化される。

・崖の形も芸術品。

・地球の贈り物。

・時間の許す限り見ていきたい。

東尋坊を見るだけで人間は変わるんだな。

と残していた。そして、体幹チューニングの腹圧調整にも挑戦して気分も軽くなった。

 

ここで、気になったのは自殺のスポットってどこなんだろうか。と思って、西側に向かうことにした。2、3分歩いて、言われているらしいスポットを見つけた。

近くを見渡すと、電話ボックスがあり、中を覗くと聖書と自殺を防ぐためのメッセージの張り紙、警察からのお知らせ、更にタバコや10円玉があった。

 

実際にたたずんで見る。

いるにつれ、何か寂しさとかネガティブさが込み上げてくる。

そして、太陽もあんまり入ってこないし、妙な寒気がした。

私は、あんまり長くいるとちょっとマズいなぁと感じて撤収することにした。

 

そして、再び明るい東尋坊に戻ったのであった。少しお茶を飲んでリラックスして元来た道を帰ることに、約1時間、東尋坊を見て回って日本海の荒波が作った芸術は偉大で、イメージしたのと変わったなぁと感じながら、バスを待つことにした。

 

東尋坊からは「三国港駅経由三国駅行き」と「雄島、松島水族館経由芦原温泉行き」に分かれていた。

 

次のバスは後者の後にやってきた。後ろから整理券を持ってそそくさと乗車し、元の道を帰っていった。

 

そして、午後4時3分、三国港駅前に到着。

慌てて、午後4時9分発の福井行きに乗り込んだ。

ここでタブレットを取り出して、えち鉄の時刻表とにらめっこすると、鷲塚針原駅には、午後4時39分に到着して、フェニックス田原町ライン(次のパートⅥで触れますが)、越前武生行きが午後4時49分ってことは、やった乗ることが出来るじゃん、ラッキー!

 

私はぐったりから一転、テンションが回復した状態で鷲塚針原駅に向かうのであった。

 

次回、パートⅥに続く・・・・・。

 

 

 

 

京福バスとえち鉄で福井直感旅~パートⅣ

バス停に向かうと下の写真のバスが停車していた。

 
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永平寺口駅に向かう京福のSYOINGバス

京福バスは、福井県出身の書家さんが書かれた一文字がラッピングされたバスが走っている。

私が初めて名古屋で見た時は、インパクトがあった。字をじっくり見ると字そのものに力強さを感じさせるものがある。また、車体の後ろには福井県の地形に、「福」が描かれていて、地形の広い部分に大きい「井」が描かれ、「井」の四角の隙間にも「福」が入っている。

ちなみに高速バスでは、

東京(バスタ新宿、東京駅)行きには黄色い車体に「夢」が、名古屋(名古屋駅名鉄バスセンター)行きには黄緑色に「光」が、京都・大阪(阪急三番街)行きにはピンクに「愛」がそれぞれ描かれている。

私は、おもむろにバスに乗り、永平寺口駅へ向かって戻来た道を戻っていった。一緒に乗ってきた夫婦と思われる方が子供さんの受験話や親戚の話をされているのを聞きながら、

永平寺に行ったことでスッキリと悩みが解決出来ますように」

と思わずにはいられなかった。

 

帰りも約15分ほどで、永平寺口駅前に到着。

永平寺口駅発、午後1時20分発の福井行きに乗って、三国芦原線の分岐点、福井口駅に向かった。この日、立春だったが、本当に暖かくて、私も福井口に向かう途中、ポカポカ陽気で居眠りをしてしまうほどだった。

 

20分ほどで福井口駅に到着。電車から降りた時、ちょうどJR北陸本線の高架に特急サンダーバードが通過していくのを見ることが出来た。 

そして、ホームで待つこと約3分ほどして、1番のりばに午後1時43分発の三国港行きが到着。車内は結構乗っていて、しばらくずっと立っていた。

 

電車はしばらく北へ走り、左へカーブして福井市内の昔ながらの住宅地を西へ向かって走行する。

まつもと町屋、西別院と止まって福井鉄道との接続駅の田原町駅に到着。福大前西福井駅から進路を北に変わり北上。

九頭竜川の鉄橋を越えると三国芦原線福井市内の最後の駅、鷲塚針原駅に着く。次の太郎丸駅から坂井市に入る。坂井市内はひたすらのどかな田園地帯が続く。

のどかということは、時の流れもゆっくりと流れているのを感じてか、私もまたまたウトウトし始める。

 

毎日、都市の生活だと時間に流されることが多いから、こうした時間っていうのは、生活の一部分として必要なんだよね。逆にのどかな場所に住んでいる人たちにとっては、刺激的な都市の生活に憧れていたりもするんです。私も両方経験しているので、よくわかるんです。これはもう、一人一人のフィーリングによるんですけどね。

 

電車は、西春江で反対電車の行き違い待ち以外は順調に進み、温泉旅館やホテルの建物が見えてくれば、坂井市からあわら市に入る。

ほどなく、芦原温泉の中心駅のあわら湯のまち駅に到着。

 

まだ午後2時過ぎなので、ホテルや旅館の送迎バスは無かった。ここから、アテンダントさんから東尋坊方面のバスの案内放送が流れてきた。

 

どうやら、この時間は三国港駅から便利だということがわかった。三国の町が近づくにつれ、遠くから日本海が見えてくる。

こうして、永平寺口駅から約1時間かけて、三国芦原線の終点、三国港駅に到着。

 
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三国芦原線の終点、三国港駅

 

ここからバス停がある反対側の向かおうと坂を上がって、ウロウロするも見つからない。

 

「困ったなぁ」と思いつつ、付近を探していると階段を発見。いとも簡単にバス停の道に出ることに成功した。

 

バス停の時刻を見ると、午後2時46分に来ることが分かり、ここで三国の青い海を一枚収めた。

 
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 ↑三国港の海です。地球の本来の海で、宇宙にもつながっている。

 

2月にしては、本来の日本海は波が高いと聞くが本当にこの日は穏やかだった。

 

そして、午後2時46分発の東尋坊行きに乗り、午後の目的地である東尋坊へ向かったのである。

 

次回、パートⅤに続く・・・・・。

 

 

 

京福バスとえち鉄で福井直感旅〜パートⅢ

永平寺行きのバスは、近くの車庫から旧古市変電所の建物をグルッと廻って静かに到着した。

 

廻って到着する光景は、以前、「水曜どうでしょう」のサイコロの旅で大泉さんが、深夜バスを高知で待っていた時の場面で、

 

「深夜バスは、舞台のように回って登場するんですよ」

 

という言葉を思い出し、私は途中のバス停から乗るのでピンと来なかったが、ようやく始発のバス停ならあるあるだなと理解出来た。

 

バスの後ろから整理券を取って乗車して、永平寺までの運賃410円を確認して座り、小銭を用意した。バスは定刻通り午前11時25分に永平寺口駅を出発、新しい住宅地と昔ながらのお店が立ち並ぶ駅前を抜けると雪に覆われた田んぼとポツンポツンと点在する家をバックに軽やかに走る。

 

次第に山あいの細い道を走ること約15分、お店などの門前町が見えたところで終点の永平寺のバス停に到着した。

 

どうやらここから永平寺までは歩くようだ。

冬なのでそんなにいないかなと思っていたら、観光バスが2、3台止まっていたりとそこそこの賑わいだった。

緩やかな坂を歩くこと10分、永平寺の前に到着して、スマホで一枚パシャっと収める。

 


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永平寺の外観

 

撮り終わってひと息ついた私は、石畳の階段を上がって中を見ることにした。

通用門から中へ入り、拝観料500円を払うと、永平寺のパンフレットと曹洞禅グラフという曹洞宗の小冊子が渡され、さらに進むと靴を入れる袋が渡された。

 

靴を脱いで袋に入れると、

 

「階段が多いのでスリッパを履いて歩くことをお勧めします」

 

という貼り紙があったので、指示に従いスリッパを履いて見て回ることにした。

 

では、ここで永平寺について簡単にまとめると、

 

永平寺は、1244年に道元禅師によって開かれた座禅修行の場として開かれて、京都から越前の国(福井県)に移り、曹洞宗大本山として、僧侶の育成や信徒の信仰の源となっている。

 

まず、訪れたのは傘松閣(さんしょうかく)で、参拝者の皆さんの控え室や研修、宿泊の部屋になっていて、天井には花や鳥の絵が230枚描かれている。あまりにも広いので、私は真ん中にポツンと座って瞑想したら清々しい気持ちになるやろし、寝転んで体幹チューニングも面白いだろうな。

 

でも、今日はたくさんの人がいるので、ちょっと自主規制。

そそくさと外へ出て次に向かうことに。

 

パンフレットに書かれていた矢印に沿って、階段をまた上がる。段数は結構ある。

 

修業僧の基本道場で、座禅や食事、就寝などが行われる僧堂を横目で見ながら階段を上がりきり、更に歩くと曹洞宗の聖地というべき場所の承陽殿に着く。お賽銭を入れて隣をチラッと見ると、

 

「お参りを済ませたお菓子です。ご自由にお持ちください」

 

という貼り紙とお菓子が置かれていた。

私も感謝をしながら、お賽銭を置いてお菓子をいただいた。

 

承陽殿を後にして、戻来た道を戻ると説法や様々な法要が行われる法堂に到着する。ここで、スリッパを脱いで袋を入れて上がることに。

 

中では、修業僧の方が先輩の僧侶の人が様々な作法を教えている姿を見ることが出来た。私は、お賽銭を入れて、しばらく正座をした。じっとしていると何か宇宙を内なる心で実感することが出来た。

 

再びスリッパを取り出して、階段を降りていると、写真を撮っている方がいたので、撮影が大丈夫であることを確認して一枚撮影する。

 


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↑雪に覆われた法堂(一文字廊から)

 

更に階段を下ると、台所や接待の間がある庫院(くいん)を見る。

 

階段を降りきったところで、浴室を見て、山門(仏の世界に入る印とされる)に差しかかる。力強い山門の四天王の像を見ると、最後にお手洗いである東司(とうす)を通る。

 

なお、僧堂、東司、浴室は私語は一切出来ないのだそうな。

 

約40分ほど見て、気持ちも何かくるものを感じて、感謝しながら永平寺を後にした。

 

門前町を歩き、再び永平寺のバス停に戻り、バスの時刻を確認する。現在の時刻は、午後12時45分。午後1時1分発の永平寺口駅行きと午後1時41分発の丸岡経由芦原温泉行きがあった。

 

東尋坊方面なら、丸岡経由が魅力的だが、せっかくフリーきっぷの魅力を引き出したいなぁと思い、永平寺口駅まで戻ることにして、しばしの休憩に入る。

 

休憩に入ったお店でチラッとテレビを見たら、「世界、ふしぎ発見!」をやっていた。

さすが、民放が2局の福井県、番組編成は何でもありやね。

でも、お昼を食べながら、この番組を見たら、ちょっと良いかも、某公共放送のニュースを見てるよりはとも思ったのだが。

 

そうこうしていると、永平寺口駅行きのバスが到着した。

 

次回、パートⅣに続く・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

京福バスとえち鉄で福井直感旅~パートⅡ

バスを降りて、まずは福井駅構内に向かおうとしていた時、えちぜん鉄道福井駅が目に入ってきた。

 


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えちぜん鉄道に乗ってから考えようか」

と思い、改札口へ向かうと窓口に、

 

「今日はフリー切符の日」

 

と書いてあったので、早速フリー切符(税込1000円)を購入。

改札をくぐって、階段を上がると2番のりば(右側)に勝山行きが停車していた。(ちなみに、1番のりばは、あわら湯のまち、三国港方面、2番のりばは、永平寺口、勝山方面)

 


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↑勝山方面行き電車、勝山左義長ヘッドマークつき

 

車両は、6000系えちぜん鉄道の主力車両で、元は愛知環状鉄道で使われていた。主に1両かラッシュ時には2両編成で、出入口の扉は、左右に開くタイプと一枚扉のタイプに別れる。

 

いよいよ、午前10時25分、えちぜん鉄道の名物、アテンダントさんが後方に乗車して出発である。

 

福井駅福井口駅との間は複線になっていて、無人駅の新福井駅を過ぎると、高架線から地上へ降りて、三国芦原線の分岐駅となる福井口駅に到着。

 

ここから単線となるので、北に向かう三国芦原線とはお別れして、電車は勝山駅へ向かうべく右にカーブして、福井市内の東部の住宅地を走っていく。

 

なかなか読みにくい越前開発(えちぜんかいほつ)を過ぎ、越前新保(えちぜんしんぼ)で福井行きと行き違いをして出発して、住宅地から田園風景に変わる。越前島橋を過ぎて北陸自動車道の下をくぐると福井市から永平寺町に変わり、最初の停車駅の観音寺町から再び住宅地を縫うように走行する。

 

松岡駅を過ぎると次第に高台を走りながら、難読駅のひとつ、志比堺(しいざかい)駅を通り、午前10時50分に永平寺口駅の3番のりばに到着した。2番のりばには福井行きが行き違いで待っていた。普通の踏み切りの警報器の音は、「カーン、カーン、カーン」と鳴るが永平寺口駅の踏み切りの音は「チン、チン、チン」と聞こえた。

 

電車を見送って、バス乗り場がある南口に向かった。

 


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 ↑永平寺口駅、雪が少し残っていた。

 

バスの時刻表を確認して、温かいお茶を飲みながら、ベンチで休んでいるとレンガの建物が目に飛び込んできた。

 


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 ↑旧京都電燈の古市変電所

 

よーく近づいてみると、ある案内の看板が。

 


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↑古市変電所の説明看板

 

ここは、旧京都電燈の古市変電所である。

 

あとで調べるとこの建物は福井県内でも数少ない煉瓦造りの大規模な建物で、大正3年に京都電燈(現在の京福電気鉄道)が鉄道を通す際に電気を送るために建てられたもので、国の登録有形文化財にも登録されている。

 

のどかな光景にいきなり煉瓦造りの建物にびっくりするかもしれないが勝山をはじめとした奥越を発展させる人たちの努力が私の目に浮かんできた。

 

そして、午前11時25分発の永平寺行きバスで永平寺へ向かうのであった。

 

次回、パートⅢに続く・・・・・。